物凄く今必要な大河『大奥』

『大奥』 作/よしながふみ  全19巻  漫画

 

(!めっちゃネタバレあり!)

 

 

三代将軍、徳川家光の世に突如謎の疫病(若い男子しか罹患せず致死率が非常に高い)「赤面疱瘡」が大流行し男子の人数が極端に落ち込む中、泰平の世を望む春日局は亡き家光の隠し子千恵を身代わりの将軍としてたてることとする。

 

 

 

よしながふみ先生による壮大な大河が16年目にして遂に完結致しました!!!!

まさに圧巻!!リアルタイムで読めたことが非常にありがたい作品でした。

 

 

当初、自分はこの作品を男女逆転時代劇ものとして大奥の中で美男美女のあれやこれやが繰り広げられる系かと思っていたのですが、そこはよしなが先生、こちらの予想を遥かに凌駕する展開のつるべ打ちでした。

 

序盤は恋愛要素が多いのですが、そこから政治もの、家族もの、医療もの、隠謀もの、そして幕末ものとどんどんジャンルがスライドしていきます。

 

何が凄いって、それらがちゃんと史実と辻褄が合ってる!!!!

私は日本史の授業は99パー忘れましたが、そんな人間でもかろうじて覚えている「生類憐みの令」。

この悪法の哀しい成り立ちに涙した読者は多いのではないでしょうか。

 

そしてもう1つはやはりジェンダー感ですよね。

ここを描くための逆転であったかと。

悲しいかな、現在においてもれっきとして続く女性差別、多くの女性が聞かされてきた言葉がそのまま男性に向けられる。

ガラスの天井に苦悩する男性達。

女性の私でも、ここは読んでいてギョッとしました。

 

男女の役割が逆転したからといって差別がなくなるわけではない、ただ裏返るだけ。

その凄まじく公平な視点がこのSF世界を現実のものとして支えているのだと思います。

性差関係なく有能無能はいるし、高潔低俗もいるんだよな。

 

また異性愛だけでなく、同性愛やトランスジェンダーなどの今でいうセクシャルマイノリティーの人々を殊更特殊な人間としては決して描かないところも本当に誠実だと思いました。セクシャリティーではなく、本人を描いている。(当たり前なんですけど、そうでない作品も多くて辟易します。)

 

 

それではここで僭越ながらお一人ずつ感謝の意を込めつつ、ご紹介致します。

 

・三代将軍 家光

 

ここから逆転は始まった!

亡き父の身代わりとして将軍家光に仕立てられた千恵、戦国乱世をサバイブした豪傑ババア春日局、したたかボーイ玉栄、そして種馬として還俗させられた超絶イケメン、

後のレジェンド有功。大奥の幕開けに相応しい悲恋もの。大奥そのものの成り立ち、世継ぎを産まなくてはならない重圧、侍の面子、1個人ではどうすることもできない家や血の呪縛など、この世界の価値観はこう!!という叩き込まれパートでした。有功が本音を言う時だけ京ことばになるのがツボっす。

 

 

・四代将軍 家綱

 

ここはサラッとでしたね。家綱こと「左様せい様」。父である有功(実父ではないけど)に惚れちゃう家綱。

彼女は彼女で切ない生涯だったでしょう。

 

 

・五代将軍 綱吉

 

悪名高い「生類憐れみの令」を作った犬公方こと綱吉。側近吉保、父玉栄こと桂昌院、そして切れ者右衛門佐。

この章はえぐられましたね~、、あんな環境で大事な我が子を失ったら、そらああなるよ。。

自分をひたすら愛してくれるお父さんにひたすら世継ぎを期待されて、やばい法律まで作られて、でももう生理は上がってる、、地獄。

ここはキャラも好みでした。綱吉と右衛門佐の長い駆け引きからの一瞬の幸福。

 個人的には吉保が好きです!本当の気持ちを押し殺しながら文字通り身体張って尽くしまくる、そして最後は自分のものに。ううう~。

 

 

・六代将軍 家宣

 

非常に人格者の家宣。側近間部詮房。側室左京。大奥総取締まりヒグマ系男子江島。

家宣さまの人格者っぷり。間部の狂気じみた心酔も分かりますね。彼女の頭はいいんだろうけど、あのギリギリした感じ、いるわ、ああいう人。

そして左京の恋は辛かった。。

 

 

・七代将軍 家継

 

家継ちゃんかわいかった。。泣

しかしここはやはり江島の旦那でしょう。最高の男でしたね。左京との関係性も良かったですし。(新五郎はかわいそすぎるけど、、まじ時代)

高遠でのシーン、ああいうサラッとした語りが胸に染みるんですよね。

 

 

・八代将軍 吉宗

 

徳川中興の祖、吉宗。側近久通。

(恋愛要素はなく、政治ものへ)

めちゃくちゃ仕事できるボス&めちゃくちゃ仕事できるNo,2のバディものターン。

とにかく久通に痺れました。ふわっとした見た目からは想像もつかない汚れ仕事を一手に担う辣腕マシーン。

見込んだボスに天下とらせる為なら手段を選ばず静かに実行。

久通あっての吉宗だったことがわかる2人の最後の会話。

「いつでもお手討ちになる覚悟で今日まで生きて参りました、、。」覚悟の質よ。

最高のバディを見せて頂きました。

 

 

・九代将軍 家重

 

言語が不明瞭な家重。使用人田沼意次

ここは親子関係に比重が置かれていましたね。

そんでこの家重がまたね、、人間だなと。よしなが先生もあえて良い人として描かなかったとおっしゃっていて。

偉大な母に愛されたい認められたいと願いつつも同時にその影に怯え続け逃げてしまうという、とても人間臭い人物でした。

途中差し込まれた(そして後も出てくる)あのうな重、食べたい。

 

 

・十代将軍 家治

 

御台所と仲いい家治。そしてチーム赤面疱瘡 田沼意次 平賀源内 青沼 黒木 伊兵衛 きすけ

ここから疫病赤面疱瘡根絶へ向けて医療ものになっていきます。

もうここは吐くほど泣きました。とにかく泣きました。このチームが全員魅力的すぎて。

人たらしな天才源内(実は女)最高、国の為に身を粉にする意次最高、硬派な黒木最高、改心する伊兵衛最高、頑張るきすけ最高、

そして青沼さん!!青沼さーーーーーん!!!!!

この作品全体通してもなんですが、とにかく人なんですよ。人が人を動かすんですよ。真摯な心の前では権力とか金とかはどうでもいいんですよ!

混血として生まれ、まともな人生は送れないと覚悟していた青沼が意次や皆の「ありがとう」という言葉とともに消える。

そして黒木の慟哭。読み返すたびに毎回震えます。

 

 

・十一代将軍 家斉(男子)

 

久しぶり過ぎる男将軍気弱だけど優しい家斉。その母、極悪ラスボス治済。御台茂姫。お志賀。チーム赤面 黒木 伊兵衛 きすけ 

引き続き赤面疱瘡根絶への医療ものと宮中謀略もの。

自らが傀儡となる為、息子家斉を将軍に置き、権力をほしいままにした歴史に残るサイコパス治済爆誕

良心というものが一切無いので誰でも殺す。姉も親も孫も殺す。なんなら息子も殺しにかかる。

治済が息子家斉に吐くセリフ「男が政に口を出すな」自民党のおじいさんたちー、これあなた達ですよー。

平行して描かれる疫病根絶への道。茂姫とお志賀の命をかけた復讐劇。

ここで描かれる様々な親子。黒木と青史郎、茂姫と敦之助、お志賀と総姫、治済と家斉。

そしてついに赤面疱瘡の予防接種が確立され、この章でひとつのクライマックスを迎えます。(黒木さん、良かったね)

 

 

・十二代将軍 家慶(男子)

 

引き続き男将軍クズ家慶。阿部正弘。瀧山。

ここからどんどん幕末へ。家慶は娘祥子(後の家定)に性的虐待を繰り返す人間のクズ。

なんで、この章は正弘が瀧山を登用し、有能な2人がブンブン出世していく様が描かれます。

 

 

・十三代将軍 家定

 

ここで女将軍に戻った家定。腹心正弘。瀧山。胤篤(篤姫

主役の2人家定と胤篤を、三代将軍家光と有功の面差しに似せたところに、こっからラストに向けて締まって行くぞ感を感じました。(勝手に)

幕府の権力に陰りが見え始め、外交に奔走する腹心正弘が病を得た時のくだり、

「人は悲しいにせよ楽しいにせよ己の来し方をひとつの物語に編んだ時どこか心が安らぐものでございます」という胤篤の言葉。

真理でした。

父のトラウマから逃れ、胤篤の子を懐妊した家定もまた亡くなってしまう、もうみんな志半ば。。。泣

 

 

十四代将軍 家茂

 

スーパー良い子家茂。天然胤篤。気を揉む瀧山。気が効く黒木。やり手中澤。人でなし慶喜。みんな知ってる勝海舟。そして和宮

もうここからは和宮でした!和宮ーーー!!!!

こんなに魅力的なキャラになっていくとは!

生まれつき左手が無かった事で母に疎まれ死んだ事にされ部屋から出してもらえず、それでも母に焦がれて(そりゃそうだよ!)しかし母は弟のみを溺愛。

その母を独占するが為、命賭けてとりかえばやを実行する和宮。その必死さ、健気さ。

江戸での母とのやりとり。「私かてお母さんにずっと甘えたかった」その言葉も母には全く届かず。。

「嘘でもーそんな事ない 親子さんも可愛いーとは言って下さらんのやな」号泣。

そんな和宮の心を徐々に溶かしていく家茂の真っ直ぐさ。人間、必要とされる事がどれだけ生きる希望になるかがとても丁寧に描かれていました。

そしてここで本作品は次元の違う段階に進みます。

家茂と和宮、女性同士で恋愛関係にあるわけでもない2人が信頼に足るという1点のみで養子をとり家族となる展開。

ここに来て、それまでの人物を縛ってきた血や家という呪縛から自らを解放する。物凄いと思いました。

けれど国の行く末の為、虚弱な体に鞭打って奔走した家茂もまた若くして亡くなってしまう。

 

 

・十五代将軍 慶喜 最終章

 

もはや主人公和宮。胤篤。瀧山。勝。中澤。仲野。慶喜西郷どん。(一瞬出てくる龍馬)

この作品、徳川を描くという事は幕末から維新までやるのかな、え、て事は討幕されるし結構写真とか残ってるしどうすんのかなと思っていたんですが、本当にここまできましたね。

徳川にとっては黄昏、日本にとっては新たな時代への夜明けであるこの期間、それぞれの志がぶつかり合う、ザ・幕末ものでした。

ことの中心は京都なので、そこから取り残された江戸城のひっそりとした感じ、本来もこうだったのではと思うくらいです。

そして無血開城に至るあの流れ、作品大奥が私たちの世界へと繋がる最大のクラマックス、和宮を女性とした意味。

 

 

 

 

 

エピローグで舞台は明治四年に移り、主要な面々のその後が語られます。

ひょっこり生きていた瀧山、いやまじで死んだと思ったのでほんと良かったです。殺伐とした幕末にあっても、ちょっとしたドタバタでほっこりさせてくれたあの面々のアメリカ珍道中、めちゃくちゃ楽しそうだな。(数ページでいいから読みたいと思うファン心)

 

物語というのはどう終わらせるかが1番難しいと思うのですが(しかもこれは壮大な大河)、あのラスト!!!!

なんというキレの良さ!鮮やかさ!!天晴れ!!!天晴れじゃーーーーー!!!!!

 

 

 

 

 

長々と書いて参りましたが、またひとつ「大奥」という不朽の名作が生まれたことを改めて心から嬉しく思います。

様々なテーマが盛り込まれた重厚な作品ですが、私はその底にあるのは人間賛歌だと受け取っています。

人が人を思う気持ち、行動がこの世を生きていくに値するものたらしめるのだという、とても希望溢れた物語でした。

 

よしなが先生、本当にお疲れ様でした!!!

未見の方は一気読みがおすすめです!!!